奈良の昔話

8月10日(金曜日)             こぶ と  じい   
瘤取り爺さん

むかし、ほっぺたにこぶをぶらさげたおじいさんが、隣りどうしですんでました。
二人はこぶがじゃまになってしかたがなかったので、「どうかしてこぶをとりたいものだ。」
と話あっていました。あるとき、おじいさんの一人が山へ柴刈りに行きました。
夕方、柴を背負って山をおりましたが、途中で道に迷ってしまったので、
道端のあばら家を見つけて泊まることにしました。その夜は、お月さんの光が、
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昼まのように明るくていい夜だったので、おじいさんは、歌でもうたいたくなって
一人でうたっていました。だれもいない山の中ではあるし、いい声をしていたので、
だんだん気持ちが良くなって、知ってる歌を、つぎからつぎえとうたううち、
あたりが妖気につつまれて、なにやら、あやしい雰囲気になりました。おじいさんが
見まわすと、たくさんの妖怪があつまっているではありませんか。妖怪たちは、

お爺さんの歌に、うっとり、ききほれているようです。安心したおじいさんは、
ますますいい声でうたいました。夜があけると、妖怪たちは帰ろうとしましたが、
中の一人が、「じいさまは、たいそう歌がじょうずだが、その声は、どこから出るのか
教えてほしい。」といいますので、「そりゃ、このこぶの中から出ますのじゃ。」
と、にこにこして答えました。それを聞いた妖怪はそのこぶしがほしくてたまらないので、

「こぶを宝ものと、とりかえてくれ。」といって、たくさんの宝ものをおじいさんの前におきました。
それで、ほっぺたについたこぶをもぎ取ると、よろこんで帰っていきました。
あとにのこったおじいさんは、じゃまなこぶしはなくなるし宝物は手にはいるしで、
夢のような気持ちで家へ帰りました。おばあさんにわけをはなしてると、
となりのもう一人のおじいさんがやってきて、「そんな上手い話はめったにないから、
わしもいってくる。」といって、あばら家へいきました。さて、前のおじいさんとはちがって、

歌がうたえなかったので、でたらめに声をだしてどなっていると、
夜ふけに妖怪たちがあつまってきました。「しめしめ。」おじいさんは、いよいよ
声をはりあげました。あつまった妖怪たちは、おじいさんがあんまりへたなので、
耳をふさぐやら、地面にふせるやらして、「もう、やめてくれ。」とたのみました。
おじいさんは「妖怪がこぶをくれっていうぞ。」と、わくわくしながらまっていますと、

ひとりの妖怪が、手にこぶを持って近づいてきました。「じいさんは夕べのやつとは
ちがうようだが、その声はどこからでるのかな。」とききます。おじいさんが、
「そりゃ、もう、このこぶですじゃ。」というと、妖怪は、いきなり、手に持っていたこぶを
おじいさんのあいている方のほっぺたに、ぺたりとくっつけました。「やい、このウソつきじじい
夕べもそういうから、宝ものととりかえてみたら、ただのこぶじゃないか、」

おまえのいうとおりなら、こいつをやるから、もっと上手くうたってみろ。」
おじいさんは、ふたつにふえたこぶをみて、「トホホ、人のまねなど、するものではないなあ。」
とつぶやきました。妖怪たちは、腹をかかえてわらうと、山奥へ帰り、それからは、
もう、出てこなくなりました。
終わり