奈良の昔話

8月10日(金曜日)                    たろきち   
ばかされ太郎吉

太郎吉の住む村に、一ぴきの古ギツネがいて、若い娘に化けては、「よめさんにしてくれ。」
といって、若い男たちを山の中にさそいこんでいました。ばかされた男たちは、
何日もたって帰ってくると、しばらくは夢を見ているようにボンヤリしていたので、
仕事にならないと、家のものたちは、あきれていました。太郎吉だけは、まだ一度も
キツネにばかされません。それというのも、太郎吉の母親が、太郎吉が山へ仕事に行くときは、、
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いつも、「ムニャ、ムニャ。」とおまじないをしたからです。キツネは、働き者で、
男ぶりのいい太郎吉をなんとかばかしてやろうと、いろいろ思案していました。
ある時、太郎吉は、「おっかさん、きょうは、まじないはいらないよ、わしは皆のように、
キツネにばかされたりはしないから。」といって、山へ仕事にいきました。
一生懸命働いた太郎吉が、日もとっぷりくれたので帰ろうとすると、雨が降り出したので、

木の下で雨やどりをしました。雨はなかなかやみません。腹のへった太郎吉は、
昼の弁当の残りを食べていました。すると、どこからともなく、いい臭いがしてきたので、
太郎吉は、ふらふらと雨のなかを歩いていきました。むこうに、あかりが見えるので、
近づいていくと、小さな家がありました。まるい穴をあけた窓から、灯かりが漏れていたので、
太郎吉は、首をいれて中を覗きました。そこは座敷になっていて、新しい青ただみと、

白い障子が見えました。「はてこんなところに、だれが住んでいるのだろう。」
すると、障子がすっとあいて、キツネが一ぴきとびこんで来ました。キツネは、
太郎吉が見ているとも知らず、鏡をもってきて、化粧をはじめました。
「さてはキツネのやつ、若いむすめに化けるつもりだな。面白いことになったぞ
しっかり、みとどけて、村のみんなにおしえねば。」そう思った太郎吉は家へ
帰るのも忘れて見ていました。キツネは、おしろいやべにをぬると、木の葉を一枚、

頭にのせて、くるりと一回りしました。ふしぎや、木の葉は、りっぱな高島田のまげ
になりました。太郎吉がまばたき一つする間のことだったので、思わず、「上手いものだ。」
と感心しました。今度は、キツネは外から青いこけをどっさりかかえててくると、
身体じゅうにくっつけました。それから、くるりと一回りすると、何と、青いこけは、
美しい着物になりました。太郎吉は、「あつ。」と声をあげました。座敷にいるのは、

どこから見ても、文句のつけようのない、綺麗な娘でした。太郎吉が、
うっとりみとれていると、いつのまにか、座敷に、一人の若い男が、座っています。
「もし、兄さん、そいつは、キツネだから、だまされちゃいけませんよ。」
と声をかけましたが、男は、知らん顔をしています。太郎吉は、今度は娘にむかって、
「やい、キツネ、おまえがどんなに、上手に化けても、このわしだけは、だまされないぞ。

おまえが、化けるところをちゃんとこの目で見ていたんだからな。」
大声でいいました。ところが、むすめも聞こえないのか知らん顔をしています。
じれったくなった太郎吉が、座敷に入って行こうとすると、どうしたことか、
首がぬけません。窓に手をあてて、おしたり、ひいたりしましたが、どうすることもできません。
そのうち、だんだんからだがしびれてきて動かなくなってしまいました。

「これはおかしいぞ。」太郎吉が、そのままのすがたで、ボンヤリ座敷の中の二人を見ていると、
うしろで、「ムニャ、ムニャ。」と母親のおまじないの声がしました。とたんに、
パッと何もかもきえうせてしまうと、そこは、あかるい昼まの野原でした。そのまんなかで、
太郎吉は、石どうろうのまるいあなに首をつっこんで、たっているではありませんか。
「太郎吉や、しっかりしておくれ、おまえが帰ってこないから、心配してきて見たら、

やっぱりキツネにだまされていたんだなあ、今、村のものにてつだってもらって、
おまえをたすけてやるぞ。」母親は、ボロボロ涙をこぼしました。村の人たちが、
やっと石どうろうをこわして、太郎吉を助けだしました。首が自由になったっ太郎吉は、
はじめて、キツネにだまされていたことに気がつきました。「それにしても、キツネは、
上手に化けていたなあ。」と太郎吉は、はずかしそうにわらいました。

あんな綺麗な娘が、本当にいたらどんなであろうと、思うと、夢をみたようなきもちでした。
こうして、村中の若い男がばかされたので、村では、若い男の人形をした石どうろうを作って
まつることにしました、それからは、キツネも人をばかさなくなったということです。
太郎吉は、あれいらい、ますます、働き者になったので、村の娘たちが、「嫁さんにしてくれ。」
とやってきました。太郎吉は、自分と同じようによく働く、普通の娘を嫁さんにしたそうです。
終わり