奈良の昔話

8月25日(土曜日)             わかさいど                   
若 狭 井 戸
     
         じっちゅう
むかし、東大寺の良弁おしょうの弟子に、実忠というお坊さんがいました。
 この実忠おしょうは、立派に仏さまにお使えする為、きびしい修行をはじめることになりました。
東大寺に二月堂のおてらをたて、早速全国から一万五千人神々を
お招きして行事が執り行なわれました、初めての修二会のときには、
若狭の国のおにゆう明神だけが、いつまで待ってもやって来ません。
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集まっていた神さまたちは、おにゆう明神が病気でもしているのかと
大変心配していました。修二会の行事も、あと二日でおわるという、十二日目の夜になって、
ようやくおにゆう明神がやって来ました。「今まで、なにをしておられたのですか。」
神さまたちは、少しおこってたずられました。するとおにゆう明神は、
「いや、じつは、あまり魚釣りにむちゅうになったもんで、おそうなりました。」

神さまたちは、くちぐせに「なに、魚釣りじゃと、大事な修二会を忘れてしもうて、
実忠おしょうに、なんといっておわびをするつもりじゃ。」と、いいました。
おにゆう明神は、小さくなって、「いや、申し訳ない。お詫びに、仏さまにさしあげる、
あかの水を用意してまいりました。」そういっておにゆう明神は、二月堂の下にある
   大きな岩の前にたっていのりました。すると大岩が割れその割れ目から、

黒と白のウの鳥が飛び立ち、清水が流れだしました。忠実おしょうは、大変喜びました。
 早速、その水を仏さまにおそなえしました。忠実おしょうは、そのところに、
井戸を掘り、その井戸を若狭井戸と名づけました。
この時より、修二会のことを、(お水とり)とよばれるようになり、今も続いています・。
終わり、